取手(水戸街道取手宿・キリンビール取手工場)

 今日は休みを取って、家族で茨城県取手市までやってきた。 取手は水戸街道の宿場町で、江戸方面から利根川を越えたところにある。江戸初期には、水戸街道は利根川をもっと下流の布佐(千葉県我孫子市)・布川(茨城県北相馬郡利根町)間で渡っていたので、取手宿は、水戸街道ができてから、しばらくして開設されたようだ。 街道の近くの高台には、平将門が開い…
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今月の写真:皇居東御苑の桜

 皇居東御苑、すなわち江戸城本丸跡の桜です。なお、江戸時代の江戸城本丸は、建物が建て込んでいたので、花見は現在の皇居にあたる吹上で行われていたようです。2024年4月9日撮影
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甲州街道(金沢宿~下諏訪宿)

(前回:台ケ原宿~下諏訪宿)https://yagopin.seesaa.net/article/501717745.html  2024年3月30日、8時42分に中央線の青柳駅に着いた。コンクリート造りの駅舎は、金沢宿にちなんで、うだつをモチーフにしたデザインなのだそうだ。 宮川を渡り、国道20号を歩いて金沢宿に入る。前回は、188…
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100名城攻略記№112 笠間城(茨城県笠間市)

(100名城攻略記目次:http://yagopin.g1.xrea.com/town/meijo/00.htm) ■ 築城の経緯 徳蔵寺(茨城県東茨城郡城里町)と争う笠間の正福寺が下野守護・宇都宮頼綱に救援を求め、頼綱は甥の時朝を派遣した。時朝は承久元(1219)年に笠間城を築いて、笠間氏を名乗った。笠間氏は18代400年続いたが、天…
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稲田石

 年休を取って、青春18きっぷで茨城県笠間市に出かけた。家族3人で行くはずが、妻が熱を出したので、子どもと2人旅になる。快速ラビットで小山駅まで行き、水戸線に乗り換えて稲田駅まで行く。ここは稲田石(稲田みかげ石)と呼ばれる石材の産地で、駅前には石の百年館という展示館がある。 稲田石は、約6000万年前に貫入したマグマが固結した花崗岩で、…
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100名城攻略記№103 浪岡城(青森県青森市)

(100名城攻略記目次:http://yagopin.g1.xrea.com/town/meijo/00.htm) ■ 築城の経緯 鎮守府将軍・北畠顕家(又は弟の顕信)の子孫とされる北畠氏は、三戸南部氏の保護を受けて、領内の陸奥船越に居を構えたという。 三戸南部氏は、津軽の十三湊を拠点とした下国安東氏と戦い、足利幕府の仲介で津軽の領有を…
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100名城攻略記№4 弘前城(青森県弘前市)

(100名城攻略記目次:http://yagopin.g1.xrea.com/town/meijo/00.htm)■ 築城の経緯 津軽地方を統一した大浦為信は、天正18(1590)年に豊臣秀吉から津軽三郡安堵の朱印状を得て、津軽氏を称した。天正15(1587)年に、為信は大浦氏歴代の本拠地だった大浦城(青森県弘前市)から、新たに築いた堀…
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弘前市役所周辺

 3月14日までの平日限定で、JR東日本管内が1日乗り放題となる「旅せよ平日!JR東日本たびキュン早割パス」という切符が発売された(既に発売終了)。新幹線や特急も含めて乗り放題で1万円なので、なるべく遠くへ、ということで青森県の弘前市まで1人で出かけた。東京から東北新幹線はやぶさで新青森までわずか3時間、弘前まではさらに快速に乗り換えて…
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覚え書き(29)琉球王国史の要約

(28)ヘンリー・ヒュースケンの日記https://yagopin.seesaa.net/article/501559637.html  先日、沖縄に行ったときに琉球王国の歴史を少し調べたので、忘れないうちに書き留めておく。 ■ 古琉球時代 琉球王国で初めて編まれた正史は、1650年、尚質王の命により摂政の羽地朝秀(向象賢)が編纂し…
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100名城攻略記№124 品川台場(東京都港区)

(100名城攻略記目次:http://yagopin.g1.xrea.com/town/meijo/00.htm)■ 築城の経緯 嘉永6(1853)年6月のアメリカ合衆国ペリー艦隊の来航を受け、幕府は、老中・阿部正弘、勘定奉行・川路聖謨、勘定吟味役格兼伊豆韮山代官・江川英竜らの合議により、江戸湾防衛のため、南品川猟師町から深川洲崎にかけ…
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100名城攻略記№100 首里城(沖縄県那覇市)

(100名城攻略記目次:http://yagopin.g1.xrea.com/town/meijo/00.htm) ■ 築城の経緯 首里城(しゅりじょう、すいぐすく)の築城時期は不明だが、発掘調査により14世紀末頃と推定されている。1429年に琉球を統一した第一尚氏の尚巴志王が王府とした。尚巴志の時代には、内郭が整備され、中山門や龍潭が…
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100名城攻略記№98 今帰仁城(沖縄県国頭郡今帰仁村)

(100名城攻略記目次:http://yagopin.g1.xrea.com/town/meijo/00.html) ■ 築城の経緯 発掘調査の成果によると、今帰仁城は13世紀末の築城で、当初は石垣はなく、掘立柱建物の周囲を柵で囲んでいた。 今帰仁城は1322年から北山王(山北王)の居城となり、14世紀の前半から中頃に石垣が築かれた。…
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100名城攻略記№99 中城城(沖縄県中頭郡中城村)

(100名城攻略記目次:http://yagopin.g1.xrea.com/town/meijo/00.htm)■ 築城の経緯 13世紀の終わりごろ、中城王子としてこの地に封じられた英祖王の3男が築いたと推定される。 1440年頃には、勝連按司の阿麻和利(阿摩和利)を牽制するため、護佐丸が座喜味城から中城城に移封され、三の郭(写真)な…
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浦添市(当山の石畳道・浦添ようどれ・浦添城跡)

 今帰仁城跡を駆け足で見たので、予定より早いバスに乗れた。まっすぐ那覇に帰るのはもったいないので、浦添市内の嘉数というバス停でバスを降りた。 普通の住宅地を歩いていくと、突如として町が途切れ、琉球石灰岩が敷かれた石畳の道が現れた(写真)。当山の石畳道と呼ばれるこの道は、琉球国王が普天間宮に参詣するときに用いた普天間参詣道だという。 石畳…
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真栄田岬

 沖縄3日目は、朝から恩納村の真栄田岬でシュノーケリングをする。妻と子どもはいちおう経験者で、私はウェットスーツを着るのも初めてである。 予定していた青の洞窟はうねりがあって入れないそうなので、別のビーチでのシュノーケリングとなる。冬場は天候が悪くて寒いことが多いそうだが、今日は20度以上あって、ウェットスーツを着て動いたら暑く感じるく…
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斎場御嶽・ガンガラーの谷

 昨日から家族で沖縄に来ている。昨日は夜に着いたので、国際通りで夕食にステーキを食べたくらい。今日は朝からバスツアーで斎場御嶽とガンガラーの谷に行く。 沖縄本島南部の南城市にある斎場御嶽は、琉球王国時代の聖地で、世界文化遺産に登録されている。斎場御嶽は、かつて男子禁制で、御嶽に入れない人は、御門口(うじょうぐち)という入口に置かれた6つ…
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今月の写真:東海道間宿・岩淵の小休本陣

 東海道の富士川の渡しに近い間宿の岩淵村には、江戸時代の小休本陣の建物が残っています。関札に「西條少将小休」とあるように、伊予西条藩・松平家などの大名が休憩に立ち寄りました。女優の常盤貴子さんは、この小休本陣の主だった常盤家の子孫だそうです。2023年2月26日撮影
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成田山新勝寺

 2014年以降、恒例となっている成田山新勝寺へ初詣に行く。 朱雀天皇の命を受けた寛朝僧正が、天慶3(940)年に平将門の乱平定のための調伏祈願を下総国公津ヶ原で行い、乱の平定後に神護新勝寺を開いたのが成田山の始まりとされている。当時はまだ成田の地名は史料になく、寺が成田(現在地より少し南の不動塚という場所)に移って「成田山新勝寺」とな…
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100名城攻略記№76 徳島城(徳島県徳島市)

(100名城攻略記目次:http://yagopin.g1.xrea.com/town/meijo/00.htm)■ 築城の経緯 至徳2(1385)年、細川頼之がこの地に渭山城(渭津城)を築いた。渭山(いのやま)や渭津(いのつ)の名は、中国の渭水の風景と似ていることによる。天正10(1582)年には、中富川の戦いで勝利した長宗我部元親が…
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